『ストロベリーショートケイクス』売れっ子ホテトル嬢・秋代役。
『血と骨』での、脳腫瘍に侵されてしまう美しき愛人・清子役。
『クヒオ大佐』での詐欺師と接するホステス・未知子役。
実在しているかのようなリアルさで観るものに強烈な印象を与える中村優子さん。
過去の作品を振り返りながら、中村さんの役者としての核部分についてお話を伺いました。
ピックアップ魂 vol.1
中村優子篇 前編
自分の役が何者かを知り、
なぜそんな人間になったのかということを作っていく。
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― 中村さんが演技の中で大切にされていることを、キーワードであげていただくとしたら?
「セッション」と「準備」かな。私の役づくりに準備は欠かせない言葉だと思います。
― 『火垂』ではストリッパー役、『クヒオ大佐』ではホステス役でした。どんな準備をしましたか?
役によって違うのですが、その2作品に関しては実際にその世界に入って修行を行いました。
『火垂』振り付けは本物の踊子さんに教わって毎日練習を繰り返し、地方巡業に同行しました。女優であることは伏せて、当時の浅草・フランス座で飛び入りで踊ったり、奈良のストリップ劇場に飛び入り参加してプロの方とセッションしたり。お客さんは私を本物の踊子だと思っているんです(笑)。
『クヒオ大佐』は、銀座ナンバーワンのホステス役だったので、『火垂』のような感じで銀座の高級クラブに潜入修行をして、「新人の未知子です」って言ってお客さんの席について。お酒の作り方や席での振る舞い方は、トップクラスのホステスの方の動きを撮影させていただいて、それを参考にしました。もちろん家でもお酒の作る動作を繰り返し練習。1000回作ることを目指して、入れ方とか作り方を体にしみこませるまでやっていました。
― 準備が本格的ですね。
私は、役づくりは準備が全てだと思っているんです。その2作品のように職業を体験してみることもそうですし、『血と骨』の清子役だったら脳腫瘍という病気について調べて、どんな症状なのか、どんな動きになるのかということを勉強します。内面的には、その役の感情をさかのぼって、何がこの人をこういう人間にしたんだろう?というところも追求していきます。
― 映画だと、演じるのは役の人生の中の一部分です。本当は過去があって、何かの経験のもとに役の心情がある。そこを中村さんは大切にされているんですね。
例えば(と、取材スタッフ全員を見て)、みなさんが今この場で、姿勢もリアクションも自然なスタイルで私の話を聞いてくださっているじゃないですか。それぞれの方のスタイルって、どこで生まれてどんなふうに育って、どんな経験をしたからそうなっている、というのがあると思うんですね。意識していないのだけれど、その基礎があるからこそ、今の動きや会話に繋がっている。
演技もそれと同じで、自分が何者かを知るところからはじまって、なんでそんな人間になったのかということを作っていく。その軸を作ることが、まず準備ですね。
― 『ストロベリーショートケイクス』はマンガが原作で、かつ原作を描いた漫画家(魚喃キリコ)さんも出ている。原作者が書いた秋代という人物がいることで、そのあたりの難しさもあったと思うのですが、どんな準備をされましたか?
秋代の場合は日記を書きました。
― 日記?
そう、秋代日記。
役に入る前に、最初に菊池と出会ったときのことから書いていって、演じている期間もずっと続けました。
自分の五感に影響を与えるようなこと……例えば「風があたたかかった。夕陽が赤かった。菊池はオレンジのTシャツ着ていて、指がすごく細くて、目が離せなかった」とか、そういったことを想像でずーっと書いていったんです。
― じゃあ、菊池のどこに惹かれたのか、なんで秋代はホテトルをやったのかとか、そういったところまで?
そう。秋代があの仕事をしているのは、菊池と出会ってしまったからです。
好きすぎて、こわくて、気持ちを言えない。手に入れたら失うかもしれない、友達の関係が壊れてしまうかもしれない。でも、さみしいじゃないですか、好きな男に抱かれることができないなんて。それで自傷的にホテトル嬢をやったんだけど、抱かれるほどに孤独になっていく。そういったこと全て書いていきました。
― それはリアルですね!
リアルですよ。最終的に1冊の日記になりましたし。(撮影が始まってからも)演じる中で、電話をしたり、居酒屋で会ったり、気持ちが動くようなときはわざと文字にのせたので、すごく丁寧に書いているときもあれば、殴り書きのようなときもありました。
後になって「ストロベリー」の原作を読み返したとき、日記で書いた言葉と同じような言葉が漫画の中にもあったんです。 やっぱり、同じところに向かっていったんだなあって感じました。今でも読むと涙が出てきますよ(笑)。
準備とは下書きではなく画材集め。
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― 綿密に準備をしすぎるあまり、イメージを固めてしまったり、固定観念にとらわれることはありませんか?
それが私が最も避けたいと思っている部分です。なので、あくまでも現場は「セッション」だということもかなり意識を強く持っています。
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― セッションとは、具体的には?
何テイクやっても同じ瞬間は2度とない。同じことはできないし、その前の演技をなぞることもしてはいけない。ライブなんです。
あるシーンで、本読みのときには、まだ感情がふっきれていないような読み方をしたのですが、本番では自然と前を向いて、すっきりとした気持ちで言うことができたり。または、儚げな言葉を口にするとき、はじめは無表情で言っていたのですが、監督に言われてちょっと笑顔で言ったり。その時々で変わりますね。セッションを意識することによって、役のために準備はするのだけど、その役にのまれることはないと思います。― スポーツ選手やアスリートでも、「準備」という言葉を多様する方がいますよね。
確かに、アスリートのような感覚なのかもしれません。試合のホイッスルがなる直前に筋トレしても意味がない。実戦までにいかに体を鍛えて、最高の状態にするかということ。それと似ています。
― アスリートは日々の練習という「準備」があった上で対戦相手がいる。
監督や対戦相手によって戦術は変わるのだけど、役者はそこの部分が「セッション」ということ?そうです。準備のアプローチはそれぞれなので、秋代日記はひとつの手法ですが、どんな筋トレをすれば本番につながるかということも役によって考えます。(撮影本番を)真っ白なキャンバスに例えると、私の中での「準備」とは、下書きをすることではなく、絵具やペンなど描くための画材や装飾用の小物みたいなものをできるだけ集めてくるというイメージ。画材集めは毎回楽しいですよ。
- vol.1 [後編] 8月下旬公開予定
ピックアップ魂 vol.1
中村優子篇 後編
過去の作品にスポットを当て役への向き合い方に迫った前編に対し、
後編では中村さんのバックボーンに焦点を当てます。
これまで語られることのなかった女優・中村優子の原点が明かされます。
受験中に思い出した夢
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― 中村さんの原点でもある幼少時代のことを教えてください
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思い出すのは、部屋の窓から見えていた風景です。
田んぼと堤防、そして堤防の近くにはお墓がある、という、不思議な景色。中でもお墓は、その風景の中では異質というか、死や別世界をイメージさせるもの。でも、それが原風景で、もしかしたらその後の私の人生のキーワードというか、メタファーというか……。そんなことも感じます。
今まで演じた役でも死の方面を向いているものも多かったですし、河瀬直美監督の作品にはとても惹かれるものがあるのですが、それも必ず死の匂いがあるということなのかもしれない。振り返ると、その原風景に通じていると感じていました。 -
― 女優になろうと思ったきっかけは何ですか?
笑い話として聞いて頂きたいのですが、そのお墓のある原風景を見ながら「私はいつか違う世界でなにかをやるんだろうな」と感じていたんです。まだ女優というワードは出ていなかったのだけど、自分とは違うものを演じるようなことをするんだって、無意識下で思っていたのだと思います。
高校までは普通に生活して、英語だったりイタリア語だったり、外国語に興味があったので大学に進学しようとは思っていて。だけど、受験勉強中に「あ!」って。「私、女優になりたかったんだ!」って思い出したんです(笑)。
― 受験前とは、すごいタイミングですね。
はい、ほとんど現実逃避です(笑)、でも大学は通過してもいい道だ、身になることがあるはずだと考えたので、そのまま進学しました。
大学ではイタリア語を専攻していたので、イタリアに1ヶ月間滞在したり、友達とも旅行して、普通に楽しんでいました。そして、みんなが就職活動をしているときに「そろそろかな」とオーディションを受け、運よくそこで受かってこの世界に入りました。
大切なのは音
― 学生時代の経験や、海外旅行の経験で役に立っていることはありますか?
私、趣味が語学なのですが、外国語は音で覚える部分も大きいですよね。それが役者になって、セリフを覚えることにつながっているのではないかと思っています。
― 「音」ですか?
はい。演じるときに心がけていることはたくさんありますが、最重要視しているのは「音」。本読みや、練習のセリフをテープにとっておくのですが、それを日々のルーティンワークの場面で流すんです。私は日々料理を作るので、そのときに流すのですが、セリフという意識ではなく、完全に音楽として聴きながら料理をする。
『真夏の夜の夢』(中江裕司監督)での、ウチナーグチ(沖縄方言)や、『鉄男 THE BULLET MAN』での英語は何度も何度もテープを流して聞きましたよ。特にウチナーグチは聞き取れなくて、焦りや不安もありました。でも、繰り返しているうちわかるようになるんです。そうなったら初めて、一緒に歌うように声を出していく。とにかく歌うつもりでセリフを乗せていると、あるとき音をつかんで言えるようになるんです。
― 気持ちを“乗せる”というのは?
人って鼻歌歌うじゃないですか。あれは、いつでも、なにをやっていてもできることですよね。おなじものでも楽しい時は楽しい鼻歌になるし、悲しい時は悲しい鼻歌になる。セリフってそれと構造が同じ。体に染みついていればどんな気持ちにも乗せられる。だからまずは音として無意識レベルで聞くんです。マスターすると自分の音とテープの音があっているかっていうこともわかってくるので、必ず“全く同じ音を出せている”というところまではもっていきます。
― 日本語でもテープに録音して、それを聞くということもやりますか?
どんな映画のどんな役でも、毎回録音しています。
同じセリフでも、シチュエーションによって様々な表現がありますよね。例えば「ありがとう」だけでも、何通りもの言い方がある。
気持ちがそこに乗れば、同じフレーズでも長さが変わったり、音程や間が変わったりします。怒りの時はぐっとつめたような強い音が出るかもしれないし、すごく優しいきもちになれば、温かな音が出たり。それが乗せるということで、現場でのセッションにもつながっていきます。
まず動いてみる
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― 準備したことと、演出でのずれがあったり、衝突した場面はありますか?
いえ、素直に聞くほうですね。私の信条のもうひとつが、言われたことはやってみること。以前出演したドラマで、監督から動きをつけられたんですけど、ちょっと私にはわからない動きでとまどってしまったんです。でも監督が「いいから動いてみて。精神は動きに宿るから」というようなことをおっしゃって。
ハッとしました。先に動くと心がついてくるから、よくわからなくても言ってみる、動いてみる。そうすると、固定観念にとらわれずに演じることにつながるので、その言葉、ずっと大切にしているんです。 -
― 他に影響を受けた方などはいますか?
監督や役者さんではないところで言うと、写真家の中平卓馬さん、陶芸家の加藤委さん、あとは私がやっている能の師匠の宇高通成先生。
3人に共通して言えるのは、イメージにとらわれない強靭で自由な精神の人だということです。― 具体的には?
中平卓馬さんは伝説の写真家としてドキュメンタリー映画にもなっている方で、赤ちゃんか記憶喪失にでもならなければ撮れないような写真を追求していたのですが、30年以上前に、本当にそうなってしまったんです。
中平さんは、眼に入るものを、イメージとしてではなく、新たな存在として見るため、驚くほどシンプルな撮り方をするんです。
今、月に数回のペースで撮影に同行させていただいているのですが、中平さんっぽい写真を撮ってみようと思っても、当たり前ですが本当に撮れないんです。瞬時に、絵になるところを狙ってしまう。花はきれいだ、赤ちゃんは可愛いとか、その既成概念から離れられない。いかに人が日常的にイメージにとらわれているかということを実感させられます。
委さんの作品はとてもシンプルで、ひらめきがあるような…。お皿は整えてキレイにするというのではなく、土の持っているパワーを込めたような大胆な発想が素敵。いくつか器を持っているのですが、とても大切にしています。― 中村さんは能をやっているので、宇高通成さんからは直接影響を受けられているのでしょうね。
「能は訓練の上に自由がある」のではないかと。能はいくつかの「型」があり、それで心情や情景を表すのですが、その型そのものには大して意味はないんです。師匠は50年以上それらの型を舞い続けている。最初は型をマスターし、思考から離れるために肉体に意識を集中するのですが、膨大な回数を重ねるともう無心でやれるそうなんです。
準備もセッションも努力して実戦できることなのですが、イメージや固定観念にとらわれないということは本当に難しい。でも、それを意識し続けていけば全て演じることの中につながっていくと思っています。― ありがとうございました。
編集後記
私が中村さんを初めて観たのは本インタビューでも扱っている『ストロベリー・ショートケイクス』だった。相反する2つの顔ばかりか、その間の感情まで演じ分けるこの女優は誰だと思い、ネットで調べたのを覚えている。しかしその後『クヒオ大佐』や『アイマイミーマイン』『血と骨』などの映画で私が常に感じたことは「中村優子ってこんな顔してたっけ?」というものであった。中村優子の顔は覚えているのにそれぞれの役柄が同じ顔でつながらないのだ。
その謎の答えが準備の話なのだと思う。彼女は準備というものを非常に重んじ、その中でそれぞれのキャラクターに成り替わっていく。我々が目にしていたのは秋代であり、未知子であり、清子であって中村優子ではなかった。役者にとってこれは当たり前かもしれないが、そう思わせない俳優・女優がどれほどいるだろうか。
このピックアップ魂というコンテンツでは30?40代の俳優・女優にスポットを当て、役者としての苦しみや葛藤を扱っていく。名前だけで顔が思いつくタレントと違い、彼らが演技という武器を手にどうやって闘っているのか、また名前が知られてきている中、どのように役者というものに向き合っているのかを、インタビューを通し少しでも皆さんにお届けできればと思っております。
そういう意味で記念すべき第一回で中村さんを取り上げられたことは、非常に喜ばしく、この記事を見た方が少しでも中村優子という女優を知り注目してくれたらと思います。
(役者魂 担当)
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- 出身地福井県
- 特技
日本舞踊・お能
語学・ピアノ
中村 優子
なかむら ゆうこ
所属事務所:ディケイド
- 【略歴】
- 福井県出身。東京外国語大学イタリア語学科卒。
- 学生の時に女優を志し、卒業後、現事務所に所属。
- 映画を中心に活躍し、2001年公開の『火垂』(河瀬直美監督作品)ストリッパー役を演じブエノスアイレス映画祭にて最優秀
■映画
『火垂』河瀬直美監督(2001,水沢あやこ)
YTV『社長を出せ』岩松了監督 2005 |
■CM
『日立〜洗濯乾燥機 ビッグドラム〜』
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