「優しいパパ」「ちょっと気弱なサラリーマン」そんな脇役にぴたりとはまる雰囲気を持っている役者・矢柴俊博さん。しかし近年では、胡散臭い、気弱、猟奇的…など多彩な形容詞で彩られる表情を見せてくれています。矢柴さんの役作り、そして自らのキャラクターに対しての思いをお伺いしました。
ピックアップ魂 vol.9
矢柴俊博篇
怪しさや狂気を演じてから、役者人生がスタートした
―役者になろうとしたきっかけを教えてください。
手先が不器用だったから、身体を使って感情を伝えるほうが伝わりやすいなぁって思って、それで先生のモノマネとか野球選手のモノマネとかやっていたんですよ。あとは「北の国から」「ふぞろいの林檎たち」が好きで、見ていて「なんでこんなに泣けるんだ!」って感動したことから興味を持ったんでしょうね。 はじめて役を演じたのは、高校の文化祭の「ウエストサイド・ストーリー」。男子校だったから僕がヒロインのマリア役でした(笑)。そこで舞台に上がった時の高揚感ってすごいんだなぁと思ったんですよね。
―今回はちょっと、先にいろいろ言わせて下さい(笑)。 もともとCMやドラマなどで、優しいお父さん役とか、気の弱そうな会社員役とかで拝見していて、そういうキャラを活かした演技が上手いなぁと思っていたんです。ただ、ここ数年でその殻を破って、ひねたような役を演じられたり、またそれがとても上手で。ひと味もふた味もでてきているように感じていました。
ありがとうございます(笑)。おっしゃる通り、小市民というか、ごく普通に生活している人というよりも、もっと振り切ったキャラを演じることが多くなってきて、その手ごたえもありました。だからもっと影のある役をやりたくて、そういうアプローチをしていたことは事実ですし、やっと役者人生が始まったのかなぁ、みたいな感じです。
―「遅咲きのヒマワリ〜ボクの人生、リニューアル〜」(2012年フジテレビ)の国仲涼子さんの夫役、「臨場」最終話(2009年テレビ朝日)の狂気をはらんだ弁護士役、映画「ヒミズ」(2012年)の嫌な先生役。このあたりがクセのある役ですね。あとは「VISION~殺しが見える女~」(2012年YTV)の警部補役。新しい矢柴さんが見えたなぁと思いました。
映像を見た方から頂いたお話は、やっぱりしっとり系・やさしい系の役が多いんですけど、ワークショップとかで実際に見てくれた監督さんやプロデューサーさんは、クセのあるような役を頂くことが多いですね。 「VISION」は、プロデューサーさんが薄く色が入ったサングラスを見て「矢柴さん、これじゃない?」って言ってくれたんです。かけた時にしっくりきて、警部補を演じる方向性のイメージができました。素の自分でふっと演技すると、どうしてもやわらかい部分がでてしまうことがあるので構築していかないといけないんですけど、サングラスのおかげでいい規制が出来てよかったですね。 「ヒミズ」「臨場」あたりは、役作りで追い込むというよりも、持って生まれた内面の胡散臭さを出してみましたね。
―「遅咲きのヒマワリ〜ボクの人生、リニューアル〜」は、視聴者側から見て矢柴さんの演技がとてもいいなあと感じましたが。
実は、普段はあまりNOを言わないタイプなんですけど、あの作品では撮影中に監督さんと一度お話の機会を持たせていただいたんです。というのも、僕としては、陰があって内に感情を抱えているキャラを作っていき、それで1話・2話を演じたのですが、4話目を担当する別の監督から「ここはもっとコミカルに行きましょうか」となったんです。もちろんやるんですけど、違う内面で演じることを「これアリかな?」って思う自分もいて。監督は「テレビを見ている旦那さん達が“俺も悪気なくああいうことやってしまっている”っていう共感があるほうがいいんじゃないか」っておっしゃって、でもそれもすごく分かる。
「人間にはいろんな面があるし、冷徹なだけでは広がらないと思います。僕に任せて下さい。悪いようにはしません。」って言ってくれて、やっと踏ん切りがついた、みたいな。
―仲直りのシーンが中途半端な感じの終わり方で、すごくいいと思ったんです。この2人はこんな形で終わるんだ、これくらいがリアルだよねっていう着地点だったと感じました。
ああ、そうですね。ややコミカルにシフトしたからこそ、最後に笑顔を少しだせるような役になって終われたので良かったのかもしれないです。 台本も面白くて、夫婦のやり取りが食べ物のことだけ。「いつも惣菜だな」とか「おまえは家事だけしていればいいんだ」とか、そのセリフだけでどう不満を持っているかが語られている。主婦にとって料理っていろんな思いが凝縮したものだから、読んでいても手ごたえがあったりしましたね。
「それはやらないぞ」から入ってみる
―準主演作「青木ヶ原」は、これまでの中でも大きな役だと思いますし、役者として一段一段確実にステップアップされているなぁと思って拝見させていただいていました。
ゆるやかすぎるほどのゆるやかさですけどね(笑)。 「青木ヶ原」で演じた滝本道夫は、幽霊として主役の松村雄大(勝野洋さん)を導く役なのですが、上手に演じるというよりも、大切な人への愛とか想いに対して「ああ、わかるなぁ」と思ってもらえる共感のポイントを意識しました。
―出演作を見ていて感じるのは、矢柴さんは役の大きさを選んでいないということ。役に対しての差別というか、区別がそれほどないように感じられますが、そのあたりはいかがでしょうか?
するどいですね(笑)。かなり意識しています。 「青木ヶ原」で準主演を演じさせていただきましたが、次はそれ以上しかやらないと思うわけでもなく、何万人という役者の中から僕を見て「この役で」とお声がかかるなら断らずに挑戦していきたいというのはありますね。 生活レベルに例えると、毎日お弁当を食べていて一度フルコースを知るともうお弁当に戻れないとか、高級車がないと移動したくないとか、そういうことにはなりたくないなぁと思っているんです。もちろん、品格や風格に関わるということはわかるんだけど、あくまでも中身が伴うことが目的であって、モノを持つことがゴールではない。だから、自分がステップアップしていったとしても、心のフットワークは軽くしていたいなと常に思っています。偉そうに聞こえたらすみません。フラットでいたいと思っているだけなので(笑)。
―「優しい」とか「コワモテ」だとか、見たままの印象を与えられる人はいますが、矢柴さんは「この役はこういうことでしょう、こうすればいいでしょう」にはしないから、同じように見える役がないと思いますが、どうでしょう。
「ここはこういうのが欲しいよね」って言うのには、「ひとまずそれはやらないぞ」というところから入りますね。
僕の場合は「こういうのが欲しいよね」をそのままやると「この役者をもう一度見たい」と癖になる感じではなくて、溶け込んでしまって記憶に残らないようなタイプだから、なるべく「おっ、そうきたか!?」を残すように。実は、そうすると監督のイメージと合わないっていっぱいあるんですけどね(笑)。
―おもしろいですね。矢柴さんという人をキャスティングする上で、おそらくわかりやすいものを求められている場合って多いと思うんです。ただ、そこと違う状態で向かい合おうとトライしてみるということですね。
別にぶつかりたいわけではないので、「こういうつもりで君を起用したんだから」の思いに乗っかることを増やしていきたいとは思うのです。でも、ちょっとは変えようと思ってしまいますね。もちろん、監督が「ん?」となったら修正していきます。自分の提示が負けたなという悔しさはありますが、それでも持っていきたいですね。
―それが成功した作品はありますか?
成功と言っていいかわかりませんが、「救命病棟24時(第4シリーズ)」(2009年フジテレビ)の医師・野口昭光役は、キャスティング時点では嫌味系・反抗系だったんです。ただ、同じシーンで登場する役者さんも僕と同じ反抗的な役。もちろんそのまま演じられますけど、正直、2人もいらないな、考えないとまずいなって感じました。だから、「このままじゃ私が倒れちゃいます!やっていられません」っていうシーンで、もう一人の方が強く反抗するキャラ、僕は追い詰められてつい言っちゃうキャラにしようと思ってアプローチしました。おでこに発熱用の冷却ジェルを貼ったり、トライして役をつくっていきましたね。
例えるなら、生地のおいしさで勝負するパンになりたい。
―役作りで毎回やっていることってありますか?
これ、というのはないんですけど、役者の仕事が長くなるにつれて、本当は思ってもいないセリフ、知らないような言葉さえ言えちゃう自分が出てきてしまうんです。年齢を重ねるごとに「わかってやってる?心から思っている?」という自分の声が聞こえてしまう。 医療系の作品の中で「MRIが…」っていうセリフがあるとします。MRIを知らないのと知っているのでは、聞く人にとっても感じ方が変わるんじゃないかって信じたいけど、もしかしたら変わらないのかもしれない。でも、そこに自問自答する自分の声は消せないから、知った上で臨みたいんですよ。 地方の人を演じるときなら、実際にその土地に行ってみる。殺人犯の役なら黒づくめの服を着てお店で包丁を買ってみて「包丁もいろいろあるんだなあ、これをむき出しで運ぶのってすごいことだなあ」と感じてみる。よく、役者って役によっては減量の必要もあるじゃないですか。それってきっと、体重を落としながら、その過程で純度を上げて役と向き合っていくんだと思うんです。それが偉いとかではなくて、向き合う過程が自分の内面を深めていくのでしょうね。
―何も知らなくても演じることはできるのでしょうが、あえて手間暇かけて探っていくんですね。
そういう負荷をかけるような面倒くさいことをやる過程が、僕にとっての役作りであって、本番でそれが爆発すると思っているんです。 これまでいろんな監督さんの作品に関わってきましたが、細かいタッチの差はあるけど、 みなさん「小手先だけではなくリアルに演じてくれ」というようなことを共通しておっしゃるんですね。 たとえばパンで言うと、クリームや粉砂糖などで美味しそうに見せるのではなくて、おいしい小麦粉でおいしい生地を作って焼いてくれよっていうことだと僕は思っています。
僕みたいな役者は、いい小麦粉を追求することが求められるでしょうし、素材をいい塩梅で配合してしっかり練るとか、1度2度の温度管理をするとか、そういうことなんです。
これからは、うまいこと立ち回って台詞を言ってシーンを埋めるのではなく、深いところを出し続けないといけないし、シチュエーションを感じて、余分なものを削って残るもので勝負をする。それによって、より物語の核となるような役を演じていきたいですね。
― ありがとうございました。
※4月よりテレビ東京ドラマ24『みんな!エスパーだよ!』にて、実はスケベな日本史教師、林先生を演じる。監督は園子温をはじめ、入江悠、鈴木太一、月川翔各氏が務める。
編集後記
インタビュー前に矢柴さんについて調べていたことで気になった点がひとつあった。
出演作が非常に多いということ。しかも大きい役がある一方で、クレジットで出演していたことに気付くほど小さい役もあるのだ。
役の大小云々の話はそこから来ている。何かに出演する際、役を選ぶ時のスタンスはひとそれぞれであっていい。しかし個人的に矢柴さんのスタンスには好感が持てる。
マネージメント業界の各社の争いは熾烈だ。少しでもいい役、いい番手で自社のタレントを売り出す必要があり、彼らはそれをもって次の仕事を掴もうとする。そこでは恐らく必要とされながらも何らかのしがらみで出られないことや、事務所の力が働いた結果、適役でない役者が当てられることもあろう。
その中で純粋に自らのスタンスを守り、演技を一つ一つ高め、役としっかりと向き合う矢柴さんの姿勢及びそういったことを尊重する事務所は現在の映像業界においてとても貴重だと感じた。
(役者魂 担当)
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- 生年月日1971-10-02
- 出身地埼玉県
矢柴 俊博
やしば としひろ
所属事務所:株式会社JFCT
- 【略歴】
1971年埼玉県生まれ。早稲田大学在学中より、演劇プロジェクトチームCAB DRIVERを主宰。出演のみならず演出や脚色を手がける。
■TV ・VISION?殺しが見える女? ・遅咲きのヒマワリ?ボクの人生、リニューアル? 2011年 ・チーム・バチスタ3アリアドネの弾丸 2009年 ・救命病棟24時第4シリーズ ・臨場 2005年 電車男
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■映画 2013年 ・青木ヶ原 2012年 ・終の信託 ・るろうに剣心 ・ヒミズ 2011年 ・岳-ガク- ・恋の罪 2010年 ・SPACE BATTLESHIP ヤマト |